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日常

2024年1月29日 (月)

先日の話の続き。というか補足。

 

まあそんなこんなで、前回の日記の続きというか補足です。

良くも悪くも、今回の経験で得たことのまとめ。

いや誰かに語りたいというより自分の心をまとめておきたいので。

基本私のブログとか自分の中で書き留めておきたいこととかですけど。

 

①精神科や向精神薬に依存しなくて良い

 体質(?)だということがわかった。

 

私の父が20代か30代の頃からまさに生涯の最後の方まで

向精神薬や睡眠薬のお世話になり続けていたので、

私自身もあまりに薬が効きすぎて

それなしではいられなくなったら面倒だな、とか。

精神科のお医者さんのいる病院も家から近いわけでなし。

 

患者さんの3割だか3分の1だかどっちだかは忘れましたが、

向精神薬が効かない人もいるらしいので、

私もどちらかといえばそちらなのかも。

父とは違うお薬でしたが、ぶっちゃけ飲んでても今回の

思い出し怒りとか激しいときは激しいし、凹むときは凹んだので。

 

あとあまりにも不眠が続いていたので飲んでみたかった

『睡眠導入剤』も、確かにしっかり眠くなるのですが、

初期は飲んでも一時間か二時間くらいで目が冷めて、

それからまた眠れなくなっていたので、起きているという。

あまり意味がないかもしれないので必要なくなりました。

 

でも『嫌なことを考える間もないくらいに眠い』感覚を取り戻せたので、

あれは飲んでみて良かった。今は自然に眠りにつけるようになったし、

だんだんと睡眠時間も伸びてきたので、不眠症もほぼ治ったと思われる。たぶん。

 

悪い点としては、結局現実の問題が解決されてないと

気分は落ちるときは落ちるし、どうしようもないということ。

薬の力でハイになって何でもかんでもできるようになるわけではないと。

結局自分で頑張らなあかん。

 

②必ずしも大病院の医師のほうが、町の個人医院のお医者さんよりも

 優れているわけではないことがわかった。

 

人としても処方する薬としても。

一応言っておくと、そもそも父の医者依存が激しかったので、

(逆に母は救急車レベルまで我慢する派。私は間をとりたかった。)

お医者さんに行くこと自体があまり好きではないのですよ。

なのでそもそも今回大病院に行く半年くらい前から市販の薬は色々試して、

それでも治らずに「何かおかしい」ってなったからあれなんですけどね。

 

でも今回のお陰で、まあお医者さんの方の診断ミスがあれば

いろんなお医者さんに行ってみることもなるのか、と、

少しは父の行動にも理解をもてるようにもなりましたし。

 

『グッド・ドクター』や『ドクター・ハウス』のような

名医ばかりがいて、きちんと病名診断されるわけではないのだなと。

海外の医療系ドラマ大好きなんですけどね。夢を見すぎていた。

 

 

③ (前回も言いましたが)母が根本的で根源的なところで

やっぱり私のことを信じていないのと、

私への愛情が欠けているということがわかった。

 

母親が子供に対してそういう行動をとったり発言をしたら、

どう感じるかには思いが至らない点とかね。

外面だけはいいから、死にかけてる娘があんな酷いこと言われても

私のほうが異常で悪い、私の思い込みで全て間違っている、と。

あの態度や言葉が辛かったな。

家族じゃない他人に信じてもらえないよりも。

 

まあでももういいや、死にかけててもあんな態度しかとれないなら、

多分本当に一生私への根本的な不信感とか排斥感は変わらないんだろうな、と。

今後はそういう意味でも夢はみない。もう知らんわ。

 

そもそも何回も母が定期的に薬をもらっているかかりつけの

お医者さんに行く時「ついでに連れてって」って頼んでたのになぜかそこは

たちの悪い冗談とともにキレイにスルーされたから、

少なくともその間4ヶ月くらいは行きそびれた期間があったりとかね。

 

大きな病院とか緊張するから行きたくなかったのに休診日とか重なって

最初に診てもらった医者がアウトオブアウトでもう、ほんと一年とかそれ以上かけて

医者に行くたびに悪化して全身に広がっていくあの絶望感と肉体的苦痛。

ほんと一人でよく耐えたよ私。よく生きてたよ私。

 

やっぱり私の場合は一人のほうが心は気楽だ。

ということがわかりましたよ。良くも悪くも。

 

今後は開き直って、他人に対してもっと気楽に、

もう少し楽に生きられるようになるといいな。

 

2024年1月23日 (火)

こちらには久しぶりの投稿です。超長文になっちゃった。

 

新日記の方は、最近になってぼちぼち更新もしましたが、

こちらではかなりお久しぶりです。

 

えー……。何から話そう。

とりあえず去年死にかけたこと?

病気というか、最初に診断した女医がもう少し患者の話を聞く有能な人なら

一年かけてあんなに悪化することもなかっただろうにというか。

家からけっこう近いけど、国保のこの辺では一番大きくて有名な総合病院なのに。

他の個人医院にももちろん行ったけど、検査する機械が大きな病院にしか

さらに悪化した薬と同じ系列の薬しか出さなかったのでその点も含めて

もう一度きちんと診察し直して欲しいと言ったら違う日なのに、

「同じ場所は二度調べられません」みたいな感じで断られ。

だって前回より悪化して見た目でもう違う症状が出てるから言ってるのに。

 

「じゃあ同じ診断ができる機械のある違う医療機関を紹介してください」

(そもそもの誤診と悪化する薬を出されたことも加えてやや抑えたキレ気味)

って感じで言ったら

別の病院への『紹介状』が出たんだけど、そこに何を書いたんだか、

もしかしたら私、あることないこと大袈裟に記載された

ヤバいクレーマー患者扱いだったのか?

だって次に行った病院で、最初からそこでも若い女医の態度が最悪で。

説明しようとしたら「まず生年月日と名前〜〜。」

(こちらを一瞥もせず、パソコンの画面だけ見つめて低い声で平坦に)と。

家からかなり離れた、だけどこちらもこの辺では有名な大病院だったんですけどね。

 

「ここでダメならもう無理、

治してくれる治療薬を出してくれないなら生きるのを諦めよう」

って覚悟で精神も体もボロボロの状態でやっと行った最後の大病院だったのに。

 

もう、こっちの説明を聞かない理解できないどころか、

まさか医者が初対面の患者に「頭がおかしい」と言うとは思わないじゃないですか。

いくらなんでもですよ。そして付き添いだった私の実の母もこの女医の味方というね。

(その時本当にもうフラフラでやっと動いて病院にたどり着いた感じだったのに。

そう見えなかったんでしょうね、無駄に耐える生き方が身についているもので。)

あとで母が言うには私の態度が悪いみたいなもの言いで、なんだか本当に、

母の根本的な私への愛情のなさにも、「こういう症状だ」ってどれだけ証拠を出しても

私の言う事だけはちっとも信じようともしない態度にも諦めがつきましたよ。

 

結局そこでは

「頭がおかしいから精神科に行け」とまた別の病院への紹介状だけ出され。

(本当にこんな感じの失礼な言い方。⇑

なんであの日のあの女医がそこまで機嫌が悪かったかは知らないですけど)

その日の夜あたりに本当にこれまでなかったくらいのひどい症状が出て、

まあ「本当にたぶん死んじゃうな」という感じだったので

母に救急車を呼んでもらったんですが、

例の最初の大病院の女医は

「うちではもうできることがない」と受け入れを拒否したそうです。

救急車のお兄さんたちの話では。

そもそもお前の誤診のせいで死にかけてる患者を拒否するのか。

ああそうかよ、と。笑えましたね。医者って何なんだ。

患者を救いたくてなったんじゃないのかよ。

 

ここで細かく書くと長くなるのでこの深夜に外で救急車を待っているときに、

生まれて始めて幻聴と幻視を経験しましたね。

経験としては面白いしネタになるのでまたどこかで。

でもなるほど、幽霊が見えたり、霊の声が聞こえたりするのはこんな感じかもと。

走馬灯とかね。死にかけたけど経験的にはかなりありがたかったです。

人間の体の反応って面白いものだ。

脳とか精神の方にきてるんだろうな、と、

その時も冷静にその現象は楽しんでましたが。

 

そんなわけで本当に死の一歩手前まで行ったんですけど。

あのまま『眠るように』死ねたらかなり

理想の死に方ができたっていう日もあったんですけどね。

不眠症で眠れないから「もうすぐ死ぬにしろ、せめてもう少し部屋を片付けたい」って

フラフラ動いてたら結局死ねなかった。あの日あの時眠れていたら。

ほぼ完璧な理想の死だったのに。そもそも安らかに死ぬのはいいんです。

毎日の症状がとても人には語れないほど苦痛に満ちたもので、酷かったんです。

 

結局その救急車を呼んだ夜(深夜三時くらい)も翌朝も受け入れてくれる病院もなく。

救急車で測った血圧が200近くあったんで、

それを理由に内科を受けてみることになり、

例の紹介状の病院の精神科さんにも行きましたが、

こちらの精神科の入った大きな病院は

庭の自然も美しく、院内も美しく、お医者さんも皆さん良い方で

こちらも経験としてありがたかったです。

入院して死ぬならここがいいと思うほど、こちらも理想の病院。

いやまあ、ここでも検査は丁寧にしてもらったんですけど、

その時苦しんでいた症状を治す薬は出してはもらえず。そりゃ畑違いだものね。

 

もうその後結局家に帰って、「どうせ死ぬなら一か八か」と自分で腹を決めて、

ネットの医療サイトなどを参考にした自己診断で

これは効くだろうと思う薬などをネットで購入。

ちなみに人間用の薬は市販薬では買えないし、

そう診断してもらえないから医療機関でも出してももらえないので、

ペット用の海外の薬なども取り寄せて、飲んだりもしましたよ。

 

そして今、ようやくほぼ治ってきた状態。

いろいろイレギュラーなことをしたけど、あのままあの症状を何日も耐えるくらいなら

自然に死ぬのを待たずに本当に首を吊るしかないと思い詰めるほど酷かった。

まったくただでさえそんな状態だったのにあの女医二人と母の態度よ。

なんかもう、人間そのものに対する諦めも深〜いものになりましたよ、ははは。

 

ちなみに今回たまたま主に二人の酷い医者が若い

(と思われる20代から30代くらい?)女医だったんですが、

その他の個人医院で診ていただいた優秀かつ人としても

丁寧に話を聞いてくださった女医さんや

看護師さんは、年齢的には「おばあさん」と言われる年代の方たちでしたが、

もう本当に彼女たちは『大和撫子』というか、女性は良い年の重ね方をした方ほど

人としても信頼できて判らないことは自ら調べる、本当に素晴らしい人達でした。

 

別に女性の医療関係者が悪いというわけではないのであしからず。

でも若い人たちは患者の話を聞く姿勢が足りない上に、

自分の少ない知識と経験をもとにかなり偏った自己判断をしてるんだなあ、

とは強く心に残ってしまいましたよ。

たまたまそういう二人に出会ってしまっただけかもしれませんが。

 

正直、診断にはむしろ人間よりもAIを導入してほしいと思ったくらい。

患者の話も信じずに、個人的に今までそれでなんとかうまく行っていた

(ひょっとしたら点数が高そうな?)医者にとって楽そうな治療法を出すだけなら、

薬の自販機をおいておいてもらったほうがまだマシだと思いましたもん。

 

そんなこんなで去年一年だいぶ時間は無駄にしましたが、

経験としてはかなり面白くためになったこともあったのでまあいいか。

そんな日々を送っていましたよ。

 

残りの人生はもっと自分に自由に生きていけたらいいな。

 

 

 

2023年2月19日 (日)

人類最高の人とも言える母方の祖母が亡くなりました

 

※そういうわけで、前回のこのサイトのお知らせでも書いたんですが、母方の祖母が亡くなったことについてのエッセイです。

 私の別のブログや以前の日記にも同様のものを掲載する予定です。

 

 

 2023年1月29日、私の母方の祖母が、90歳で亡くなりました。

 

 実は2022年10月24日から、うちで暮らしはじめてくれていたんですが。
 それまでは長女である私の母が、一日置きに様子を見たり、介護をしに実家に帰っていたのです。

 

 母の実家には同じ敷地内に、母方の祖母の家と、母の弟さん(長男)夫婦の新築の家、そのご子息夫婦の新築の家があるんですが、本人の希望もあってか、母の実家でもある、かなり古い家に一人で住んでいたのです。
(ちなみに母方の祖父である旦那さんは、私が小学生高学年の頃に早逝。)

 

 本当に古い田舎の家なので、トイレやお風呂は別に外に造られているような、今の若い人にはちょっと想像できないかもしれない、土間のある、平屋の作りです。

 

 次に大きな地震や台風がきたら壊れてしまわないか心配になるような家だったので、私もかなり前から「良ければ、うちで一緒に暮らしてもらったら?」と話はしていたのですが。

 

 弟さんのお嫁さんには持病もあり、一緒に暮らしながらの介護は難しい状況だったようなので、徘徊等、本格的に心配な症状が出てきてから、うちで最期に近い時まで一緒に暮らしていただけたことはとてもありがたいことでした。

 

 私にとって母方の祖母は、本当に天使のような人だったので。

 

 ガンジーかマザーテレサか、母方の祖母、くらいの人格者。私にとっては人類史上最高峰ともいえるぐらい、本当に素晴らしい人だったのです。

 

 ご自分はそんな風に古い家で暮らし、自分のための贅沢なんてしなかったのに、子供の頃のお年玉は毎年もったいないくらいにたくさんいただいてしまっていたし、大勢の親戚の人が集まるのに出されるお料理はものすごい品数と量なのに、本当にどれもとても美味しかった。

 

 男だから女だからと兄と私を差別することなく、いつも温かい目と態度で見守ってくれていました。
 お刺身などの生モノが苦手な私は、自分が食べられないぶん、タコやマグロの切り身をその家にいた猫ちゃんにあげたりしていたのですが、それさえ慈愛の眼差しでゆるしてくれた人です。
 今思えば、普通、子供でもそんなことをしたら少しは嫌な顔をされそうなものですけれど。本当に優しい人でした。

 

 お正月やお盆など、年に数回しか会えなかったけれど、母性的な優しさや愛というものや、正直さや人の悪口なんて言わない善性、人間の良い面を本当に体現してくれていた人だったのです。
 早くに亡くなった母方の祖父も、母の弟である叔父さんたちも優しく、素晴らしいひとたちですが。

 

(ちなみに、末弟の叔父さんは若い頃からまさに美形の色白で髪サラッラサで品のある優しい笑顔を絶やさず、まさに王子様という外見かつ性格もすごく優しくて、その上入学等にいただくお祝いのお品等も高級かつセンスがあるという、ほんっとうに完璧以上に完璧そうな方ですが、結婚せず、子供もいません。なぜかは知りません。ただとても謙虚な性格であることは確か。外見や人格と恋愛結婚うんぬんは関係ないことがこの方一人でも証明されていると思うほど。実際、謎の自信だけはある変な人ほどモテたり、何度も結婚して子供もたくさんいるパターンもあるではないですか。恋人や伴侶がいる、結婚しているしていないことと、人間性とは全く関係ないと思うのです。女性の親戚でも素敵なお姉さんが未婚ですし。まあ私自身は性格等問題あるの自覚しているので置いといて。)

 

 
 だからこそ、なんだかなと。

 

 世の中には悪いことをしてでも大金持ちとなって贅沢している人もいれば、数え切れない人を苦しめている独裁者のような人が国葬され、良くも悪くも後世に名を残したりと。

 

 結局、人として本当に素晴らしい人が世間的に讃えられるとも限らないし、有名になるわけでもない。

 

 お葬式が豪勢で、参加する人数が多ければ多いほど、世界を良くしてきた人とも限らないし、人を救ってきたわけでもない。

 

 人間のこの世界って本当に、もっと上手くできていればいいのにな、と
 善人だけが豊かになれるのなら、間違いなく母方の祖母は世界有数の大金持ちになっているはず。
 善人だけが著名になり、後世に名を残すのなら、彼女は世界中に人類の鏡として讃えられているはず。

 

 何なんだろうなあ、この人間世界ってやつは。

 

 

 

 そしてね。私はコロナ的な制度のあれこれや人数の都合もあって、お通夜だけの参加だったのですが。

 

 そのお通夜でね、かなりご高齢の住職さんとはいえ、長〜〜〜い、お経が終わったあとでのご挨拶が正直すごくムカついたんですよ。

 

「女性は成仏できないとされているんですが、こちらの宗派ではそれを救うお経があって、それをよみました」的な。

 

 いや知ってますよ。宗教関係の色々は資料や趣味で色々読んでますから。
 でもね、そんなんお通夜の場でわざわざ言う? ここは普通、故人の生前の良き生き方を褒めるだけでいいところですよね?
 私の父なんかのときは、外面だけ良くて家族には毎日怒鳴り散らしてた事実なんてなかったかのように褒められてたのに。
 女性っていうだけで、そんなに救われないわけないじゃないですか。

 

 私はね、チベット密教のように、もし極楽があるのなら、亡くなったら速攻で最高の極楽浄土で目覚めるくらいの最高位の魂が母方の祖母だと思ってます。そういうレベルの人なんですよ。少なくとも私にとっては。

 

 だいたい既存の宗教でも、女性は救われないとか業が深いとか、そもそも男性側が自制心をもって誘惑されなきゃいいだけの事象についても、ただ存在するだけで肉体的に誘惑する女性が悪いとか、女性性そのものを悪魔的に解釈するものが多すぎる!!

 

 馬鹿なのか!! 今この世界中で起こってる犯罪でも戦争でも、凶悪な事件のほとんどが男性が起こしてる事実はどこに?
 なんで本当に酷い事件を実際に起こしている、肉体的に女性よりも遥かに強い男性側をそこまで持ち上げなきゃいけないわけ?

 

 仕事の収入も教育も、女性に平等に受けさせないのは、どう考えても『性的に搾取しやすくさせるため』なのに。
 何千年何万年前からこの悪癖はまだまだ変わらない国も多いし、時代や政権によってはより悪化している。

 

 とかいう諸々を考えてしまって、もちろんお通夜の最中は無言と無表情で耐えましたが、怒りのオーラくらいは出てしまったかもしれない。なんで人間ってこんな何千何万年も心や精神性の進化をしないんだ!!

 

 とね。男性、女性関係なく、素晴らしい人は素晴らしいし、下衆な人は下衆なのに。

 

 なんだか怒りと虚しさと、全世界に叫びたい気持ちでいっぱいになってしまって。
 せっかくそれまでシンプルだけど綺麗で、とても良いお式だなあと思っていた気持ちが台無しに。

 

 私の父方の祖父の祖父くらいの人は、お坊さんだったらしいんですけど。
 それでももう、やっぱり私のときは仏教のお葬式すらいらないわと。

 

 なんかもう、女性に優しい新しい宗教でも立ち上げてやろうかと思ったほどですよ。
 
 大事な人には意識がなくても長生きしてほしいと思うものなんだなと思ったり、でももしそれが自分の立場だったら、やっぱり早く安楽死させてほしいから、ただ長生きを願うのも違うのかもとか色々生前も考えていたものですが。
 
 できれば母方の祖母が元気で生きてくれているうちに、もっと良い環境でゆっくり暮らしてほしかったけれど。
 何も恩返しできないうちに亡くなってしまったことが私の心残りです。

 

 

 

2023年2月10日 (金)

今年の1月末に、母方の祖母が亡くなりました。

 

母方の祖母は、働き者で優しくて、自分のことより他人のことを大事にしているような、本当に心からの慈愛に満ちた人だったのです。

実は去年の10月末あたりから、うちで一緒に暮らして、母が同じ部屋で暮らしながら、つきっきりで介護してくれていたのですが。

昨年末に入院し、それから一ヶ月ほどして亡くなりました。

 

私にとっては人類史上最高峰とも言える本当に心の綺麗な人で尊敬している、まさに『天使のような人』だったので、その祖母の人生や、世界のニュースやその他もろもろを総合して考えてしまって、いろいろと思うこともあり。

例えば、善人ほど自分のためにお金を使わず、あえて贅沢な暮らしもせず、他人から見たら貧しくてみじめな暮らしにすら見えることもあるし、性格も仕事も収入も良くて裏表もない素晴らしい人でも結婚しない人はしないし、子供を持たない人は持たない。こちらからすればこういう人こそ人類のために遺伝子を残してほしいと思うような人でも。(親戚の人のことなんですけどね。)

(もちろん当然、善人も結婚して子供を作るけれども。一夫多妻で事件を起こして捕まった、ああいう人だって何度も結婚しているわけだし。それだけで人間性がどうこう言えるわけないのに、まだ偏見も根強いのだろうか、と思ったので。)

 

そしてお葬式が大規模で豪勢だったからといって必ずしも良い人ではないし、参列する人の数が多ければ多いほど、本当の意味で偉業を残した人間とは限らない、とか。

わかりやすく言うと、裏で国を動かすようなマフィアの大ボスだって、たぶんものすごい数の参列者はくるだろうけど、世の中のため人のためになった人だったかというと多分真逆。政治家でも独裁者でも、そういう人は存在する。

そんな感じで、お通夜やお葬式が終わって、ようやく少しずつ考えられるようになったことを文章にまとめ中。

たぶん数日後にはブログ等で改めて掲載すると思いますが……。

とりあえずお知らせまで。

それではまた!

 

 

2022年11月 8日 (火)

大きな地震に気をつけて。

Pb070141

写真は昨日の夕方撮ったもの。(クリックしていただくと原画サイズで表示されます。)

綺麗な雲に、まっすぐ虹が立っていて珍しいなと思って撮ったのですが、

あとでよく見たら虹の上に『ネバーエンディング・ストーリー』の

ラッキードラゴン、ファルコンがいません?

 

ちなみに、画面中央の黒いくもりは、ただのレンズの汚れですw

なかなか取れなかったんですが、あとでクリーナーを使ったら綺麗にとれました。

 

で、この虹が地震の前兆かどうかはわかりませんが、

今月5日に頭痛と吐き気で死にかけてたので、

もしあれが地震痛だったら、かなり大きな地震が

この1、2週間以内にくるかもしれないので、ご注意を。

 

ところで『ウクライナ疲れ』って苦しんでいるウクライナの人達に失礼なので、

『プーチン疲れ』とかに名称を変えればいいのに。

全世界的な物価高騰や食糧難、エネルギー不足の原因は主にプーチンが始めた

戦争のせいだということが理解できてない人達も多いのだろうか。

 

自国の政治家や政策のせいというよりは、今回の問題は主にロシアの

プーチンが原因なので、この戦争自体を世界中で協力して、

できるだけ早く収束させないと解決しない問題ですってば。

まあ難しいのは追い詰めすぎて核戦争になってもいけないから本当に、

極力ロシア内部の力でどうにかしてほしいというところなんですけれども。

 

今年の4月くらいにnoteの『読まなきゃダレも傷つかない』というエッセイで

そのへんの怒りはぶちまけましたけどね。

あまりにムカついたから酔った勢いも兼ねて、

誤字脱字のチェック等もあんまりしてない内容です。

 

 

2022年6月 5日 (日)

明日で、父が亡くなって一か月。

 

実は3月から入院しており、

入院したその日に「ご家族の方をお呼びした方が良い」と言われていたので、

それから二か月ほど入院して、酸素量など、回復と悪化を繰り返して、

そのうえで亡くなったので、突然の死というわけではないのですが。

 

コロナ対策というのもあり、面会やお見舞いは一切禁止でしたし、

(父はコロナではなく、肺炎が原因で入院し、急性心不全で亡くなったのですが)

亡くなった当日も病院から深夜(午前二時ごろ)に連絡があって、

私と母が到着後、一時間ほど待って死亡が確認されてから

病室に呼ばれるという感じでした。

 

悲しいかと言われると私個人としては正直そうでもなく、

(詳しく知りたい方は私のエッセイ

『そうだ私一回死んだことにしよう』を読んでください。苦笑)

どちらかというと『毒親デスノート』を読んで、

「そうそう、すごく解るその気持ち」と

投稿者さんを助けてあげたい気持ちになるので……

そのうちまたどこかでエッセイなりなんなり書くかもしれませんが。

 

「混んでいる」時期だったそうで、葬儀まで一週間、

豪雨で納骨の日程が延期等、色々あって最近ようやく

落ち着いてきた感じです。

 

色々な手続きに関わる実印が必要で実印登録とか、

『実印』を買うところから始めたりとか(^ェ^);

本当に、生きるのも死ぬのも、

もっとシンプルになれば良いのになと思う今日この頃です。

 

また他のブログやエッセイで語るかもですが、

今日はとりあえずこの辺で。

皆さんも、後悔のない日々をお過ごしください。

 

あ、大きな地震にも気を付けて!!(๑•ω•́ฅ✧ 

 

2022年2月28日 (月)

指導者は、自分の欲求や名誉よりも国民の命と生活を守れる人であってほしい。

 

『眠虎の民‐ネコノタミ‐』の世界って、実は

人類が大昔の地球でお互いに核戦争で争って、

残った住める大陸が舞台だったりするんです。

 

まあ次元はちょっと違うんですけども、

詳しくは作品中や、またどこかの裏話で。

本当ならとっくに第四章で書きあがっていていいほど

時がたってしまったんですけれども。

現実の人類のほとんどを諦めてしまったしなぁ。

良い人もいるけれど、未だに何故戦争すらなくならないんだろう。

 

もちろん、本当に核戦争などにならないように

警鐘を鳴らす意味で書いている世界なのですが、

現実の世界でも本当にそうなりそうなここ数日。

 

ロシアの軍隊の人たちも、末端はなぜ戦っているのか

良く解らないで戦わされているという説を

今日のワイドショーで話していた人がいるけれど、

本当に、国のトップの訳の分からない欲求や自己欺瞞で

罪もない人が死んでいく世の中は、いい加減やめてほしい。

 

以前もブログで言ったけれど、面積が広かったり、

人口が多い国がより良いわけではなくて、

人間も動物も、そこで生きる全ての命がどれだけ幸せなのかで、

国や指導者の偉大さが示されると思うのです。

 

ちなみに『共産主義』やそこに生きる人々が悪いのではなくて、

国民と同じような生き方をしていない、自分だけは特別だと

勘違いして搾取するトップが治める国が悪いので、

それは民主主義でも、どんな主義主張があっても同じことだと思います。

 

自分のいう事を聞かない人間は消せばいいというような人は、

どんな国でも指導者においてはいけないんだよ。

最初は大したことない、自分だけは守られていると思っても、

そういう人のいう事を聞いていたら、いつの間にか

力や脅しで支配される恐怖政治になってしまう。

 

今一番良い解決方法は、ロシアの中枢部の中で、

ここで引かないと本当に国そのものが世界全体から敵視されて、

あなたの政権は最悪の終わりを迎えるよって、

トップの目が覚めるように戒めることなんだけど……。

 

側近にアドバイスできる人がいるか、それを聞く耳をもつことが出来るかも、

その国が健全に発展できることを見極める、重大なポイントなんですよね。

もちろん私たちの国、日本もですが。

 

ウクライナの人たちは、これ以上誰にも傷つけられず、

平和に生きていって欲しいと思います。

 

核なんてもう、どんな理由や理屈があろうが、

この地球上で誰にも絶対に二度と使用させてはならないものなんだから。

 

2022年1月11日 (火)

ブログお引越しします。そしてペンネームも変えようと思います。(長文)

 

ペンネームを徐々に、億錦樹樹から、

錦億磨錦(NisikioMani・ニシキオ マニ)

に変えていこうと思います。

 

そして、ブログを

新ブログ【世迷い言】(ヨマイゴト)

http://fanblogs.jp/mani358/

にお引越ししようと思います。

 

ブログの方は、少しでもデータが軽い作りにした方が

親切だと思ったためですが、ペンネームの方は、

何かこう……変えたいからです!!

 

以下超変える理由は超個人的などうでも良い事なので読まなくて大丈夫です。

とっても暇で、どうしても知りたいという人だけどうぞ。(^ェ^);

 

いや本気で長い事説明すると、『億錦樹樹』も、

姓名判断で当時もだいぶ考えぬいてつけた名前なんですが。

歌手のJUJUさんとかを観てると

(普通にアルバム欲しいなと思うレベルで好き)

なんか人様から名前をパクったみたいで、

やっぱり悪い気がする……と思ったりするわけです。

去年の『クリスマスの約束』とか観たりしてる時に。

 

当時はジブリの魔女宅のジジとかキキのように、

ジュジュも良いかなと思ったんですが、

なんか罪悪感とか、借り物の名前感がずっとありまして。

(余談ですが、今うちの子ネコにキキとララとココがいます♥)

 

で、本名のミナに近い名前に変えようかなと考えたところ、

『樹』って字そのものが「ミキ」「ナ」って読むんですね。

漢和辞典にはそこまで掲載されてなかったので当時は気付かなかったんですが、

ネットでの漢字辞典や名づけ系のサイトで調べてみたらそんなわけで。

 

なので100%読めないと思いますが、

樹樹のまま「ミナ」と読ませるように変えようかとも。

(億錦樹樹のほうはそんなわけでミナ読みに移行。)

 

でもたぶん、樹樹で最初の文字を「ミ」と読んだら、

次の字絶対「キ」って読みたくなるよね。と。

同級生に「ミキ」って名前の友人知人とかいるし、

それはそれでなんか悪い気がする……と思いまして。

 

さらに色々考えて考えて考え抜いて、

姓名判断的にもより良く、ミナのアナグラムでもある「マニ」、

漢字的にも名前で検索しても出てこなかっためったに

かぶらないであろう磨錦でいこう、と。

(もしすでに磨錦を名前やペンネームで使っている人がいたらごめんなさい)

 

で、語呂的にもそっちの方が良い気がするので、

億錦をひっくり返して錦億で。

 

まあパッと見、億錦樹樹から錦億磨錦に変わったところで、

そんなに気付かれもしないかなと思うのですが。

私なんぞ、ネット上でいるかいないか解らない程度の知名度でしょうし。

 

そんなわけで、けっこう長い間使ってきたペンネーム億錦樹樹ですが、

これから徐々に『錦億磨錦』に変えていこうと思います。

 

めんどくさいと思うので、もしリンク等をはって

ご紹介してくださってる皆様は、特に表記等を変えなくて大丈夫です。

呼び方も、樹樹その他、昔使っていたペンネームや、

違うハンドルネームでもご自由にどうぞ。

 

以上です。こんな私ですが、

良かったら今後とも錦億磨錦として、

お付き合いよろしくお願いいたします。

 

 

2021年7月29日 (木)

『オケラになる』のオケラって、『螻蛄』の方のオケラですよね。

 

いや、前回の『世にも奇妙な物語』の、

最後の将棋のお話で。

 

『朮』って駒が「おけら」と読む事を思い出し、

そして過去の記憶から母親が

「朮の花」がどうとかこうとか~みたいな感じで、

植物の方の「おけら」に意味を付けて、

お金がなくてもより良く生きる的な説明をしていたと思うんですが。

 

でも一文無しとか、賭博で負けたとかの意味の

『オケラ』って、虫の螻蛄の方の「オケラ」ですよね。

 

と思って、ネットの辞書で調べてみたら、

やっぱり昆虫の方の螻蛄が語源なんですが……。

 

ただ、あの時、猫様のお世話をしつつドラマを観ていたので、

最後の最後で画面上では「母親の勘違いかよ!」的な突っ込みがあって、

理解不能になった人工知能が壊れたというオチで、

あのお話が終了したとも限らない……。

 

いやごめんなさい、正直、『世にも~』は基本的に怖い話が好きなので、

ラストのホッとするような良い話か奇妙なお笑い系のお話は

そこまで懸命に画面を観ていない事もあったりなかったり。

 

単純に勘違いからなのか、地方によっては

植物の朮(おけら)説も正しいものなのか……。

 

どっちなんだろう。

 

2021年5月 4日 (火)

#ジョジョを観てると自分のスタンド欲しくなる

 

先月か先々月のことなのだけど。

子供の頃は『デパートといったらここ』だったけれど、

今はより近くにドンキが出来たので、現在では

年に2回程しか行かないデパートに久しぶりに行ったのです。

 

なぜならそのお店には※ペットボトルのフタをリサイクルしてくれる

回収ボックスがあったから。(※詳しくは本体ブログで)

 

でも行ってみたらその前々週くらいに回収するシステムが

終了を迎えていて、行った意味がほとんどなくて結局全て

持って帰ってきてネットで回収してくれる業者さんを調べた的な結末。

(´;ω;`)

 

まあしょうがないという事で、

お気に入りのお店をいくつか見ていた時のこと。

 

100円ショップで、もう無茶苦茶可愛い

『キキララのコスメ』を発見。

全種類揃えて部屋に専用の飾り棚でも作りたい衝動に駆られる。

瞬時に私の中で『ザ・ワールド』を発動。

 

心の声

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!」

(訳:10代20代の頃に同じような理由で買った

『マジ〇リカマジョルカのコスメシリーズも、

結局アイシャドウとか使いやすい色2、3色しか使ってないから

メイクボックスに使わないまましまってあるだろうが!!)

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!!!」

(そもそも普段日焼け止めとBBクリーム程度しか使わないうえに、

さらにコロナでマスクしてて口紅なんてほぼほぼしてないだろうが!

そして小さい雑貨好き好きて、飾ろうにも飾る場所なんてもう部屋に皆無だろうが!!!)

 

『ザ・ワールド』解除。時は動き出す。

「やれやれだぜ」

 

大丈夫、周囲の人間には、ちょっと商品の前で立ち止まって、

興味を示したくらいにしか見えていないはず。

 

ああでも結局一個も買わずに我慢したのだけれど、

一種類ずつくらい買って、ただただ見て愛でても良かった……。

次に行った時にまだ売っていたら、買ってしまうかもしれない。

キキララはねー、私にとって子供の頃許されなった

女の子としての可愛い精神をくすぐるアイテムなんですよ。

 

ところで、私は100均の化粧品も、動物実験していなくて、

動物性由来のものを使っていないのなら、遠慮なく使える派です。

 

ぶっちゃけ、使う化粧品が高くても安くても、綺麗な人は綺麗だし、

顔の形状の美醜以上に性格の悪さが滲み出てる人は出て見えるので、

個人的には安かろうが高かろうが、動物実験していない化粧品を

使っている人こそが私の中で『本当に綺麗な人』なんですよね。

 

あのキキララのコスメも、そうであることを願う。

だから世界的に、残酷で無意味な動物実験はしないというルールが、

完全なる基準値になってほしいと思うのです。

 

あ、そうそう、でタイトルの話。

今年に入ってからかな?

日本のアニメや漫画からは遠ざかっていたのですが、

(真似してると思われるのが嫌なので、知らないほうが楽。)

ジョジョのテレビアニメだけは観だしました。

 

だってたまたまチャンネルを合わせたら、

血まみれの空条承太郎さんが康一くんに

引きずられているところを観ちゃったんですもの。

あの承太郎さんがこんなピンチになることあったっけ?

って観だしたら、懐かしいわ面白いわ。

子供時代に雑誌で一度読んだきりなので、

展開などはうっすら覚えてはいたものの。

 

私が一番好きなのは、エジプト編あたりなんですけどね。

タロットカードに興味をもったのは、その時代の

『ジョジョの奇妙な冒険』のおかげだし。

 

私に老後があって、もし自分の作品制作の気力や

体力がなくなって時間を持て余すことになったら、

ジョジョの全シリーズを揃えて読み直したいと思った今日この頃です。

 

で、知ってるスタンドで自分で欲しいのは今のところ、

『クレイジーダイヤモンド』なんですけどね。

やっぱり怪我とか病気を一瞬で治す能力が欲しい。

猫たちだけに使えれば良いから。